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♪赤子を抱いて、いつか故郷を拓けと願い〜♪ っていう拓郎さんの「吉田町の歌」の一節です。 昔と今、勿論僕も歳をとって様々なものと出会い変化や老いを重ねながら生きています。 昔大好きだったものが嫌いになったり、昔は毛嫌いしていたものが好きになったり、40代ってそんな年頃じゃありません?(笑)。 僕も昔は小田和正が嫌いなものでした、いまやコンサートに行ったりする位好きです(笑)。 10代の頃の僕は、オフ・コース=軟弱、という大変失礼な方程式を自分の中に持っていました。 今や「小田、君は凄い!!」とさえ思ったりしています。 かと思えば、昔大好きだった若者が奏でる激しい演奏は、今や大嫌いです(笑)。 以前、ORENGE RENGEのライブに行って、三日間寝込みました(笑)。 年齢を重ねると、激しいBEATと大音量は体に良くない、ということがわかりました。 QUEEN、M.ジャクソン、ジャーニー何かが限界かな〜。 さて、そんな思いを持ったのが今回の小さな旅でした。 僕も彼岸の墓参りは欠かさないのですが、友人が父親が彼岸の時期に脳梗塞で倒れてしまって墓参りに行けなかったから、病状の落ち着いた今、自分だけでも墓参りに行きたいが付き合ってくれないか、という願いから始まりました。 季節も良く、多磨霊園という行ったこともない所であることも魅力的でしたし、何より夏の間ウチに閉じ込める羽目になってしまったレディ達も喜ぶかなと思って。 多磨霊園はペットOKということでしたので、っていうより広すぎて半ば近所の方々の散歩コースになっているという事で。 墓参りに付き合ってくれたら、帰りに深大寺の蕎麦を奢るよ、という一言も魅力的だったもので(笑)。 昔は僕の住む横浜から深大寺方面に行くとしたら、よみうりランドを突っ切って矢野口大橋を渡って調布市に入る、というアクセスしかありませんでした。 今のカーナビは大変賢く、というより僕が道を知らな過ぎで別のルートを選択しました。 僕自身そっちの方に行くのは数十年ふり、という事でこれは従ってみようという事になりました。 友人はいつも自分が使っているルートを使いたがっていたのですが・・、たまには良いでしょう。 新しい発見、それも旅なのですから。 今回は全く異なるルートで、長津田から鶴川街道を走り稲城大橋を渡って調布市に入れ、という指示でした。 稲城大橋なんて、そんなものが出来てるなんて全く知らなくて、しかもその稲城大橋から中央自動車道の稲城ICから中央道に入れる、なんて全く知りませんでした。 大体僕の知っている中央自動車道は、国立府中ICを過ぎたら次は調布ICでしたよ。 稲城ICなんてなかったですからね。 ユーミンだって歌っていたじゃないですか、♪中央フリーウェイ〜調布基地を過ぎたら 左はビール工場〜♪ 稲城ICなんて出てこないじゃないですか(笑)。 今はあるんですね〜。 新鮮なびっくり感を持って楽しく多磨霊園まで、約1時間半くらいでたどり着く事が出来ました。 多磨霊園についたら、あそこはびっくりするくらい広いですね!!!!! 僕の墓参りなんて、せいぜい寺の駐車場に車を止めて、檀家さんが寄贈していただいているバケツに水を汲んで、 歩いてそのバケツと仏花と線香を持って一連のお参りをして帰ってくる、位なのですが、多磨霊園は違います。 まず自分の参るお墓の一番近いロータリーまで車で入っていくのです。 確かに歩いていたら日が暮れそうな距離を走りました。 友人がバケツを貸してくれ、と前の日に僕に言ったのですが僕は訳わからず「バケツは寺に置いてあるだろう、何でこっちから持っていかなきゃならないんだ?」、と返したのですが、友人曰く「お前は多磨霊園を分かってない」という事で渋々持参したのですが、やっと訳がわかりました。 確かにバケツはありました。ですがバケツのある所から墓までが異常に遠い・・・。 そしてそのバケツを借りたとしても、今度は墓から水を汲める所までが異常に遠い・・・。 墓参りに水って結構欠かせないじゃないですか、墓石にかけたり花にやったり、線香につける火をおこす新聞紙の火を消したり、と・・。 多磨霊園に備わっているバケツは、そんじょそこらの寺の小さなバケツと一緒です。 あんなバケツを借りて、その一連の所作をしようとしたら、その異常に遠い水を汲める場所まで何十往復しなければならなかったことでしょう。 大きなバケツを持っていったおかげで、それでも5回行きましたが、それで済みました。 僕は多磨霊園を甘く見ていました(笑)。 多磨霊園と言えば偉人達が眠る場所としても有名です。 霊園の入り口で、有名人の墓石マップをもらえるほどです。 山本五十六大将、江戸川乱歩、中村歌右衛門、田山花袋・・・等々、歴史上に名を残している方々が安らかにお休みになっています。 「多磨霊園の有名人墓参りツアーをやろうかね〜」、な〜んて軽口を叩いていい散歩になるよ、なんて言ってたのですが、正直そのたった5回の水汲みで体力を使い果たしました。 無しです。 レディ達は広々とした霊園で結構はしゃいでいて、たぶん公園と勘違いしているのでしょう。 さて昔と今と違うもの、今回は深大寺の蕎麦でした。 僕は大学生の頃に、よくドライブがてら通っていました。 中央フリーウェイ(笑)を通ることもあって。僕は当時杉並に住んでいました・・、親から勘当されて(笑)。 初めで深大寺の蕎麦を食べた時は、世の中にこんなに美味しいお蕎麦があるのか、と思うくらいの感動がありました。 当たり前ですよね、18歳まで近所の出前の蕎麦しか食べた事が無い人間が、いきなり深大寺の門前で蕎麦を食べた訳ですから。 大学生になり、車という移動手段を得ておいしい物を食べるのであれば・・、正直廉価な蕎麦です(笑)。 フレンチもイタリアンも高いしね〜。 その時たまたまその近くに住んでいた友人を訪ねた帰りに食べたのを記憶していてます。 当時は本当に感動するくらい美味しかった。 蕎麦湯の使い方もまだわからないような頃です。 「はい、蕎麦湯で〜す」って持ってきていただいても、それをどういう風に処理していいか解らない(笑)。 そんな時代です。 実は僕は暫くの間、湯呑で蕎麦湯を飲んでいました(笑)。 麺つゆの残りや丼の残りと後味を味わう、っていう事は・・・、一年位掛かりましたね(笑)。 僕の大学時代の深大寺は、駐車場に車を止めて深大寺門前の向かい、その参道の右左、左に「島田屋」、右には「門前蕎麦」、これだけだったのです。 僕は圧倒的に「島田屋」さんのファンだったのです。 島田屋さんに入ると窓下に見えるこの池が何とも良い雰囲気を醸し出してくれて・・・。 今回はぜひ数十年ぶりの島田屋さんで深大寺蕎麦を食べようと思っていまして、行ってきました。 でも、島田屋さんはペット不可・・・、どうしたらいいだろうと思っていたら、斜め向かいの飴屋さんに許可をとれば、店のすぐ脇のベンチで食べさせて戴けるとのことでした。 さあ、楽しみに数十年ぶりの美味しいと感動したぬ蕎麦を待ちます。 何か感じたんでしょう、この子たちも待っていました。 あげませんよ(笑)。 そしてやってきました、お蕎麦が・・・、 あっ・・・・、あれ・・・、 え〜、こんな味だったけ・・・・・。 つゆは甘すぎて、蕎麦に腰がない・・・、こんなものだったっけ?????????。 蕎麦湯でそばつゆを飲んだら、なんだか生臭いし・・・・。 僕の数十年越しのトライは、どうやら失敗だったようで・・尚且つ、もう行かないだろうな〜深大寺には、と思わせられるような一品でした。 残念、とか悔しいという思いはなく、ただただあの頃の僕の舌はこれを美味しいと思っていたのだ、という現実ですね。 大学を卒業して証券会社を経由うして旅行会社に入り、いろいろな所に行くうちにこの蕎麦は僕の中での順位を下げてしまったのかもしれません。 僕が悪いのであって、深大寺は何も悪くないと思っていますが、うまい蕎麦を食べ歩いているうちにこうなってしまったのでしょう。 山形の蕎麦街道や、横浜では九つ井、そりゃ上をみたらきりがありませんよね。 44年も生きていると、良い蕎麦との出会いもあるものなのです。 ひとつ、クリア・・・・ですね。 でも、観光客も多々いらっしゃっていて、この蕎麦が好きな方も数多くいらっしゃるのでしょう。 色々な観点から、いろいろと経験しましょうね・・・、大人なんだから(笑。) |
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